【第1話】子作りって考えてる?【妊活ブログ】

気が付けば子供ができないままあっという間に2年が経っていた

私は嫁ぎ先が農家でしたので私の新婚生活は、気難しい義家族との関わりや1日3食の義家族への食事作り、農家の仕事を覚える事に追われおり気が付けばあっという間に2年の月日が流れていました。

勿論この2年の間に旦那と子供について全く話し合っていなかった訳ではなかったのですが、この時の私達は26歳でしたので『年齢もまだ若いし焦らなくてもそのうちできるだろう』と完全に高をくくっていました。

現に私の母や一回り年上の友人にも『れもんはまだ若いんだからそんなに気にしなくても大丈夫だよ』『そのうちできるから』と言われており私もそのように思っていました。

義家族による『子供はまだか?』のプレッシャー どちらかという私達夫婦よりも義家族の方が私達に中々子供ができない事を気にしており、義父や義祖父が事あるごとに子供の事や生理の有無を私に聞いてきていました。

その都度私の心の中では『セクハラだ!!』と憤慨していましたが、義家族に直接本音を言えるはずもなく彼らの『子供はまだか?』のプレッシャーにとても大きなストレスを感じていました。

プレッシャーを受ける度に私は心の中で怒り狂っていましたが、義家族に悪気など一つもありませんでした。

何故なら彼らは生粋の農家ですから跡取りの存在がとても気になっていただけなのだと思います。

しかし、新婚当初の私には彼らの気持ちがわかっていてもそれを受け流す、もしくは受け止める程の余裕はなく、言われた事一つ一つに傷ついては憤慨し旦那に文句を言っては喧嘩する日々でした。

今思い返しても当時の事はとても心苦しい思い出です。

仲の良い友人が真剣に妊活について考えていた

そんな私が妊活について考え始めたのは結婚2年目の冬、友人葵とのお酒の席ででした。

葵と私は同級生で結婚歴が同じでしたので結婚後はお互いに慣れない結婚生活についてよく話し合ってはストレスを発散していました。

葵はスマホアプリで自身の生理日や排卵日を管理していたり、基礎体温を記録していたりととても真剣に妊活について考えていました。         

当時子供について私は旦那と共に前向きに考えていたものの、生理日なんて気にも留めていませんでしたし基礎体温を記録していたわけでもなくただ漠然と『子供がほしいね』と話し合っていたくらいでした。

この日葵と子供について話し合ったことをきっかけに私は徐々に妊活に対して真剣に向き合うようになりました。

こより
こより

これが私の妊活の第一歩です。

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